国内でのエイズ発症とコンドームの捉え方の変化

国内でのエイズ発症とコンドームの捉え方の変化

1987年1月17日、厚生省(当時)が発表したひとつのトピックスにより、日本中が騒然となった。そのトピックスとは、「神戸市で日本人として初めて女性のエイズ患者が確認された」というものだった。

それまでは、海外で感染が拡大している症例と認識され、また当時正しいHIV/エイズの知識が周知されていなかった国内では、この発表後一時的に社会がいわゆるエイズ・パニック症候群(AlPS)に陥ったのだ。急遽設置されたエイズ対策本部の電話窓口はパンク状態、各地の病院には血液検査や相談を求める人が殺到した。

この騒動をきっかけに大きく注目されたのがコンドームだった。日本ではどちらかというと避妊の用途として使用されることが多いコンドームが、性感染症の予防手段として有効であることが知られることになったのだ。

また、性に関してオープンにすることをあまり良いことと捉えない国民性を背景に、若い世代にとって「はずかしいもの」というイメージが強かったコンドームが、生活用品として「必要なもの」という考え方に変わってきたのもこの頃からである。

ちなみに、オカモトはこの翌年の1988年、日本女性エイズ基金(JAWF)への支援を打ち出し、エイズを女性の立場から考え、正しい知識の普及・啓蒙を図るという同基金の目的に賛同している。

世界エイズデーの歩み

毎年12月1日は「世界エイズデー」この日には各地で様々な関連イベントが行われている。この「世界エイズデー」が記念日となったのは1988年。世界的レベルでのエイズまん延防止と患者・感染者に対する差別・偏見の解消を図ることを目的としてWHO(世界保健機関)が提唱したことが始まりだ。

そして、1996年からはWHOに代わり、国連のエイズ対策の総合調整を行うこととなったUNAIDS(国連合同エイズ計画)が活動を継承し、近年はThe World AIDS Campaign(WAC)が主導となり運営が続けられている。

レッドリボンマーク世界エイズデーに関連した配布物などでよく目にするのが「レッドリボン」マークだ。このマークはもともとヨーロッパの古い風習で、病気や事故で亡くなった人を追悼する意味を持っていた。それが1980年代に、アメリカのアーティスト達によって、エイズで亡くなった仲間達の追悼やエイズに苦しむ人々をサポートする運動のシンボルとして使わたのだ。それが世界に広がり、現在ではUNAIDSのシンボルマークにも採用されている。

日本でも様々なイベントを実施。国内でも毎年世界エイズデーの前後に各地で多くのイベントやキャンペーン事業が展開されている。厚生労働省が主導するイベントとして知られているのが、有名アーティストや著名人によるライブ&トークの RED RIBBON LIVE。また、街頭でのエイズ予防啓発グッズの配布やクリニックでのHIV(エイズ)無料検査なども毎年行われている。

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